自分の山に言う – ロド・プラマー牧師(9月29日)

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マタイ17:14-20 JCB
彼らがふもとに着くと、大ぜいの群衆が待ちかまえていました。その時、一人の男が駆け寄り、イエスの前にひざまずいて叫びました。「先生。息子をあわれと思ってお助けください。ひどいてんかん持ちで、火の中でも水の中でも、おかまいなしに倒れるのです。それで、お弟子さんたちのところに連れて来てお願いしたのですが、だめでした。」「ああ、なんと不信仰な人たちでしょう。いったいいつまで、あなたがたのことを我慢しなければならないのですか。さあ、その子をここに連れて来なさい。」イエスがこう言って、その子に取りついている悪霊をおしかりになると、悪霊は出て行き、子どもはその場ですっかり治ってしまいました。

あとで弟子たちは、そっとイエスに尋ねました。「どうして、私たちには悪霊が追い出せなかったのでしょう。」イエスはお答えになりました。「信仰が足りないからです。もしあなたがたに小さなからし種ほどの信仰があったら、この山に向かって『動け』と言えば、そのとおり山は動くのです。何でもできないことはありません。

1. もっと人々を助ける情熱 – 「なんで私たちには出来ないの?」と求める

2. 現在の信仰のレベルを持って使う

3. イエスの名によって自分の山に言う

A. ことばは信仰の行動

B. ことばは心から溢れるもの
マタイ12:34b JCB
人の心の思いが、そのまま口から出てくるのですから。

C. ことばはいのちと癒し
箴言18:21口語訳
死と生とは舌に支配される、これを愛する者はその実を食べる。

箴言15:4a口語訳
優しい舌は命の木である‭。

4. 「全てが可能」というゾーンに居続ける